シ テ ン の 置 き 方 が 、
生 き 方 を か え る 。

410

「410〔シテン〕」9/10 新創刊。

SCROLL

しぜんの国保育園 理事長/作曲家 齋藤紘良さん 町田 しぜんの国保育園 園長 齋藤美和さん

2号目となる今回は、
しぜんの国保育園 理事長/作曲家
齋藤紘良さん
町田 しぜんの国保育園 園長
齋藤美和さん

を特集しました。

2019年1月10日発行
サイズ  H406mm × W272mm
全12ページ フルカラー
無料

選んだものも、与えられたものも。
ぜんぶと本気で向き合う。

しぜんの国保育園 理事長/作曲家 齋藤紘良さん 町田 しぜんの国保育園 園長 齋藤美和さん

PROFILE

齋藤 紘良Koryo Saito

しぜんの国保育園理事長。作曲家。表現と自然現象、そして食を基盤とした保育実践を行っている。映像番組への楽曲提供や様々な場所でのワークショップ、他ジャンルのアーティストとのコラボレーションを行う。子どもと大人を文化でつなぐレーベル saitocno や齋藤紘良&ミラージュ楽団などを主宰、チルドレンミュージックバンド COINN メンバー、季刊誌 BALLAD をプロデュース。

齋藤 美和Miwa Saito

町田 しぜんの国保育園 園長。書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を経て、2005年よりしぜんの国保育園で働きはじめる。2017年副園長、2018年10月に園長に就任。齋藤紘良とのユニット saitocno で、伝承文化を大切にしたミニマガジン BALLAD の発行、CDのリリース、イベントなどを行う。2015年には初の翻訳絵本『自然のとびら』(アノニマスタジオ)を発表。

http://www.saitocno.com/

しぜんの国保育園

社会福祉法人東香会が運営する保育園。「こどもとおとなが 自然にかかわり合う むかしからある あたらしい保育園」をコンセプトに、 1979年に最初の保育園となる、町田しぜんの国保育園が開園。2014年には新園舎“small village”が完成。2018年渋谷駅からほど近い場所に“small alley”と名付けられた「渋谷東しぜんの国こども園」が開園。2019年春には上町に「上町しぜんの国保育園」の開園が予定されている。

□ 町田しぜんの国保育園 – small village –
 〒194-0035 東京都町田市忠生2丁目5番地3。

□ 渋谷東しぜんの国こども園 – small alley-
 〒150-0011 東京都渋谷区東1丁目29−1 渋谷ブリッジA棟

https://sizen-no-kuni.net/

しぜんの国保育園 理事長/作曲家 齋藤紘良さん 町田 しぜんの国保育園 園長 齋藤美和さん

選んだものも、与えられたものも。
ぜんぶと本気で向き合う。

しぜんの国保育園 理事長/作曲家

齋藤紘良

町田 しぜんの国保育園 園長

齋藤美和

挿絵

 都心から、神奈川に向かう電車に揺られて1時間足らず。東京都町田市。都内とは思えないのどかな田園風景と住宅地の中に、齋藤 紘良さんと妻の美和さんのアトリエがある。ここで、夫妻と息子の晴都くんは暮らし、新しい音や言葉、考えを世の中に届けている。彼らの仕事を垣間見れば、その活動の豊かさに否応なく興味が湧いてくるだろう。しぜんの国保育園。チルドレンミュージックバンドCOINN。齋藤紘良&ミラージュ楽団、季刊誌BALLAD……。紘良さんは、保育園を運営するお寺に生まれ、音楽の専門学校を出て、音楽活動と保育との両立を続けている。美和さんは編集者として本をつくり、結婚後に保育園で勤務し、今は園長を務める。柔軟な働き方を体現するふたりは、どのように考え、自分の道を選んできたのだろうか。仕事と生き方の“シテン”を探った。

挿絵

音楽も保育も、両手で抱えていく。

紘良さんは音楽家であり、保育のプロでもあります。この異なる二つの仕事を、どのように切り分けているのでしょうか?

紘良:僕が保育の世界に入ったのは、音楽学校を経てからでした。保育園に就職したからといって音楽を辞めることはなく、仕事が終わったら下北沢でライブして、翌朝は登園して、夜はまた下北沢という生活をずいぶん続けていたんじゃないかな。外から見れば、保育園は家業ですから、僕が保育の仕事をするのは当然のように見えたかもしれません。でも、長いこと悩んでいましたね。選んだこと(音楽)と与えられたもの(保育園)が自分の中でうまく繋がらなくて。でもそれは、音楽で成功すれば……といった言い訳を抱えていたわけじゃありません。音楽って、そんなちいさなものじゃないですよね。人類がずっと温めてきたもの。僕は自分の人生を捧げるぐらいの気持ちを持っていましたし、今も同じです。でも、大切にしているからこそ、保育との両立を批判されたくなかった。だから、しばらくは同僚には音楽をしていることを伝えられませんでした。あの頃の僕は、左手に保育、右手に音楽、それぞれの手に一つずつ乗せて、なんとかバランスを取ろうとしていたんです。でも、その悩みは、音楽活動だったCOINNが知られるようになり、園でも責任ある立場になることで、自然と解消されました。重くて、片手じゃ持てなくなったんです(笑)。保育の場で音楽を奏でる。両手で持てばよかったんだ。そう気づいて、宣言してからはずいぶん心が軽くなりました。

挿絵

目の前にいる子どもと、今この瞬間を大切に。

園内を見学させていただくと、子どもたちが保育者の方とのびのび遊んでいるのが印象的でした。どのような考えが根底にあって、今のようなしぜんの国保育園が生まれたのでしょうか。

紘良:しぜんの国の根っこにあるものは、保育哲学として掲げている「すべて子ども中心」です。これはあらゆる運営方針にも関わっていきますが、子どもとの接し方で言えば“目の前のこの瞬間を大切にする”ということでしょうか。子どもは毎年成長とともに心身が大きく変わり、保育園が終われば小学校に上がります。この短期間に特殊な教育現場を作ってしまうと、しぜんの国という場所以外では生きづらい子どもに育ってしまうかもしれない。だから、僕らは遠い将来を見据えるのではなく、保育園という限られた時間、限られた場で大人と子どもがどうコラボレートできるかを常に考えています。
例えば、保育者に「これまで人生で培ってきたものを出して欲しい」と伝えることもそのひとつです。保育のプロとして、子どもの命を守る技術はベースに必要なのですが、だからといって“保育者っぽい”振る舞いを僕らは求めていません。スポーツをしてきた方なら体を動かしながら、手先が器用な方なら物作りをしながら、子どもと一緒に楽しんでほしい。僕の場合はそれが音楽だったりします。とにかく、自分が持っているものを出して、今この瞬間の子どもと真剣に向き合ってほしい。子どもは大人の表情をちゃんと見抜きますから。

挿絵

紘良さんは、ご自身が子どもの頃、どんな大人に憧れていたのか覚えていますか?

紘良:僕は子どもの頃、庭師さんに憧れていたんですよ。毎年、お寺の裏庭の手入れで一ヶ月ぐらい滞在するんですが、彼らがすごくカッコよくて。実は弟子入りをしたこともあります。庭師さんが植木を切っている下で、落ちた葉を集めて片付けしたりしてね。そして日が暮れたら、みんなで食事して飲み会をするんです。日中は職人の厳しい顔だけど、夜になると柔らかくなって。オセロやろうよ、って言えば「おお、いいよ」って遊んでくれるのが嬉しくて、いつもねだっていました。彼らの仕事はオンオフがはっきりしている。子ども心にいいなぁって思いましたね。子どもは、大人が楽しんでいる姿が好きなんです。


美和さんは、今でこそ園長先生ですが、ご結婚されるまで保育の経験はなかったとお聞きしました。最初はどのようにこの仕事と向き合っていかれたのですか?

美和:実は、最初は子どもという存在が理解できなかったんです。私は年のはなれた3人兄弟の末っ子だったので、赤ちゃんを抱っこしたこともなく、どう接すればいいのかわからなくて。だから、最初の頃は園を手伝っているというスタンスの方が強かったと思います。でも、しぜんの国のさまざまな文化や、人同士や子どもと大人の関わりに触れていくうちに……気づいたらここが大事にしたい場所に変化していました。今はすごく好きなところ。みんなにとってかけがえのない場を継げたのはラッキーでしあわせなことです。あとは一生働けるのがうれしい。ずっと好きな場所で働けるってうれしい。ありがたい気持ちで一杯です。
その上で、今私が考えていることは園長としての「私」を押し出すんじゃなくて、保育者、ひとりひとりの「私」を「みんな」の中でどう大切にできるか。ここに集まってきた人たちが、この寄り合いの中で自分たちらしくどう生きていくかがとても大切なことだと思っています。編集者だった頃は小さな詩とか漫画とか、いろいろ入った本を作っていました。人は本のように自在に編めるものではないけれど、子どもや大人が集まっている保育園を運営することは、本を作ることにちょっと似ているかなと思ったりします。みんな違ってみんないいというか、みんな違うからおもしろい。

挿絵

ひとりの人間同士だから、
一緒に遊んで、一緒に考える。

現在は公私ともにパートナーであるお二人ですが、どのような出会いがあったのでしょうか。

美和:私は、仕事で紘良さんが出ているライブを取材する機会があって、それが最初の出会いでした。好きな顔だなぁ、って思いましたね(笑)。
紘良:僕は友達がもともと妻のことを知っていて、妖精みたいって聞いていたんですが、意外と妖精ではないぞ(笑)というのが第一印象。当時、僕らはまだ20代の前半でした。お互いがぶつかり合うほど固まった考えとかもなく、むしろプレーンな状態だから、一緒に作っていって、最終的に理想の男女になれたら良いよねって話はよくしていました。でも、お互い無理はしないようにしていて、家事も分担してやっています。曜日で分担表を作って冷蔵庫に貼って。料理も作るんですよ。昔はケーキ作りが好きで、テニス部の部長だった学生時代は、バナナケーキを焼いて部員に振る舞っていました。「これ食べて試合に勝つぞ」みたいな(笑)。
美和:紘良さんはすごくマメなんですよ。私は細かいことが苦手。たとえばアイロンなんかは、ぜんぶ紘良さんにお願いしています(笑)。


息子さんにも会わせていただきましたが、子どもの教育方針について、ご自身が教育者であることが影響することはありますか?

美和:ハルくんの前では、教育者にならないように意識しています。家にも先生がいたらしんどいですよね(笑)。ただ、私は夫の両親が大好きで、彼らから影響を受けている部分はたくさんあります。特に、夫の子どもの頃の話を聞くのがすごく好き。30年以上前にあの土地でどういう風に子どもが遊んでいたとか知れて、ああ、こうやって遊んでたんだなぁ、ハルくんも連れていってあげようかなぁとか。夫の子ども時代を子育てしながら振り返ることはあります。
紘良:教育者だから子育てもしっかりしないと、という考えは1ミリもないですね。教育者を意識しすぎると、逆に苦悩する場合の方が多いと思います。多分それって、最上を求めちゃうからなんですよね。ドラマのような理想的な家庭像を目指すのではなく、最低限これだけはおさえよう……というものだけ夫婦で話し合っておけばいいんじゃないかな。それさえ守っていれば、あとは毎日彼と向き合っていればいいと思っています。
そうそう、この前の彼の誕生日は「剣がほしい」って言うから、一緒に作ることにしたんです。本でカッコいい見本を探して、彼が設計図の元を書いて、職人さんから機材を借りて木を削ったりして。二人でつくるプロセスそのものが一番のプレゼントですよね。あと、ゲームも同じで、一緒に遊びたくてあえて最新機ではなく、僕の使っていた20年以上昔のゲーム機を渡しました。家族が知らないゲームを1人でやって終わりだと、本人はいい時間を過ごしたかもしれないけど、周りはそんなに面白い時間じゃない。それは良くないと思って一緒に楽しんでいます。別に最新のゲームでもいいんですけど、僕がついていけないので(笑)。ちなみに、ゲームで遊ぶ時間については制限をかけています。朝7時までならどれだけやってもいい、というもの。早く寝て5時からやっていることもありましたし、7時に起きて「ああダメだ……」と諦めることもあります。自分の生活を自分で作り上げて、その中で遊ぶ、という意識を持ってもらえたらと思います。

挿絵

本気で、ぜんぶと向き合っていく。
これからも、ずっと。

最後に、これからの目標のようなものがあればぜひ聞かせてください。

紘良:保育園での仕事で言えば、もっと裁量を手放していきたいですね。お願いする立場よりお願いされる立場というか、使われる人間になりたいです。よく啓発本などに「使う人間になりなさい」って書いてあるけど、本当は使われた方がいい。使われるということは求められるということ、何かしらピースが足りないから求められるわけですよね。僕は町田のしぜんの国を“small village”と名付けたのですが、お互いを求め合うのが村のような小さなコミュニティの性質だと思っています。「やかまし村の子どもたち」という映画をご存知でしょうか? ここにすごく偏屈な靴屋のおじさんが出てきます。何にでもケチをつけるからみんなに嫌われるんですが、彼がいるから村のみんなの靴が直る。自分ができることをコミュニティに提供していくことは、性格や人となりを超えた必然性があるわけです。僕らはそれが自然だと考えていて、その一部として自分が生きていければいいんじゃないかと考えています。
僕は、これまで置かれている状況に自分なりに向き合ってきました。はたからみれば実家のお寺があって、保育園があって、自分のやりたいことをやっているように見えるかもしれませんが、僕が決めたことって唯一音楽しかないんです。だから一生続けるという覚悟を持ってやっている。それ以外はすべて与えられたもの。逃げることもできるし、乗っかっていくこともできる。どちらを選んでもいいと思うんですけど、本気で全部と向き合うっていうことをしないと、やりたい音楽にも嘘が出てしまう。だからこれからも、与えられたものと、今あるものと、最大限向き合い続けていきます。結局、どう生きるかって、自分が置かれた環境とどう向き合うかですよね。これからもずっとそうです。そして僕がいることで、その場が面白くなれば一番いいなって思います。

挿絵

編集後記

 ご自宅で息子さんのハルくんが真っ先に見せてくれたのは、紘良さん手作りの〝 木の剣〟でした。美和さんが「本気を見た」と言うほど、ガードやグリップ、刃先に至るまで精巧に作られた剣。デザインから考え、製材所にまで足を運んだそう。込められた熱意を感じ取るように誇らしげなハルくん。本気になるってかっこいい!とぐっと胸が熱くなりました。

子どもと大人、園長と保育者、親と子など、お互いの立場に関係なく、ひとりの人として本気で向き合い、協力し合うことを大切にされている齋藤さんご夫妻。特に保育の現場では、自分らしさを出すのとは少し違って、それぞれが培ってきたことを活かして子どもたちと接してほしいと言います。

その根底には、過大評価するでも過小評価するでもなく、客観的に人を見る力があるように思います。とことん自分に向き合うことで分かった自身の力。それが見えているから、相手の力を受け入れられるし、全力を出して補い合うことができる。音楽、教育、家族・・・そのすべてに〝本気〟で向き合うからこそ、多くの人が共感し、さらなるつながりが生まれているのではないでしょうか。

『最高を求めるのではなく、最低を決める』
最低限のルールの中で最大限できることを考えるという紘良さんの言葉には、自律したいい関係をつくる本質があるように思います。そんな関係の中にこそ、私たちが探す〈自分のモノサシ〉が見えてくるのかもしれません。

ユニソン 410編集チーム