シ テ ン の 置 き 方 が 、
生 き 方 を か え る 。

410

「410〔シテン〕」9/10 新創刊。

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リビルディングセンタージャパンの東野唯史さん&東野華南子さん

創刊号となる1号目は、
リビルディングセンタージャパンの
東野唯史さん & 東野華南子さん

を特集しました。

2018年9月10日発行
サイズ  H406mm × W272mm
全12ページ フルカラー
無料

“世の中のために、自分たちのできることを”
ポートランドで見つけた未来と僕らの暮らし方

REBUILDING CENTER JAPANTADAFUMI AZUNO & KANAKO AZUNO&東野華南子さん

PROFILE

東野 唯史Tadafumi Azuno

1984年生まれ。大阪、兵庫、福岡、名古屋、東京と転々と移り住む。名古屋市立大学芸術工学部卒。展示会のブースデザインを手がける企業に就職後、5年で独立。2014年、妻の華南子と空間デザインユニットmedicalaを設立。2016年、リビルディングセンタージャパン設立。

東野 華南子Kanako Azuno

1986年埼玉生まれ。北京、上海、ロンドン、東京の転々育ち。中央大学文学部卒業。カフェの店長とゲストハウスの女将を経験し、2014年にmedicalaへ参加。現在はリビルディングセンタージャパンにあるカフェやイベントを中心に運営。家と畑とインコとの生活を夢見ています。

リビルディングセンタージャパン
ReBuilding Center JAPAN

解体される古い建物から古材や建具をレスキューし、販売するリサイクルショップ。約1000㎡のビルに古材売り場、工房、デザイン事務所、カフェを併設。「Rebulid New Culture」をコンセプトに、次の世代に繋いでいきたいモノや文化を掬い上げ、再構築し、楽しくたくましく生きていくこれからの景色をデザインしています。2016年秋オープン。
〒392-0024 長野県諏訪市小和田3-8 TEL 0266-78-8967
営業時間 cafe/11:00~18:00 古材/11:00~18:00(水曜・木曜定休)

http://rebuildingcenter.jp/

REBUILDING CENTER JAPANTADAFUMI AZUNO & KANAKO AZUNO&東野華南子さん

“世の中のために、自分たちのできることを”
ポートランドで見つけた未来と僕らの暮らし方

リビルディングセンタージャパン

東野唯史 & 東野華南子

挿絵 挿絵

諏訪湖のほとりの古材屋

 長野県諏訪市小和田———。諏訪湖をのぞむ古き良き町並みの一角に、古材や古道具を販売するお店、“リビルディングセンタージャパン”がある。オーナーの東野唯史さんと妻の華南子さんは、2015年の夏に新婚旅行で行ったポートランドで、初めて本場のリビルディングセンターと出会い、帰国後すぐに店名やロゴを引き継ぐ許可を得ると、2016年の秋に日本第1号店となるリビルディングセンタージャパンをオープン。家具や家の内装を自分たちの手でつくるアメリカンスタイルとは違い、DIY文化の希薄な日本においても大きな話題となった。この2年で取材を受けたメディアは実に100件以上にのぼる。
フリーランスの空間デザイナーとして全国各地のゲストハウスやカフェを手がけてきた東野さんが、リビルディングセンタージャパンの経営へと大きく舵を切るにいたった流れをふり返って、これはきっと神さまのいたずらだろうと冗談まじりに笑う。そこにはどんな神の啓示(キッカケ)があったのだろうか。東野さん夫婦の働き方や暮らし方の土台にある“シテン”を追った。

挿絵

自分の進路は、消去法で決めた。

 東野さんは理系の高校を卒業した後、芸術工学という日本でも数少ない学部に入ったそうですが、その当時からすでになりたい職業や実現したい夢があったのですか?

 高校から大学へと進路を決める時期。当時の僕には、実はまだ何もやりたいことがありませんでした。だから反対に、理系の職業の中からやりたくない仕事を一つずつ消していき、最後に残った建築の道へ進むことにしました。自分の進路を消去法で決めたのです(笑)。そして建築の道に進もうと決めたのですが、大きな建物や構造にはまったく興味がなかったので、芸術工学部に入り、主に空間デザインを学びました。 僕は子どものころから感情的になることが少なく、自分の好みや意見を主張することが得意ではありませんでした。 「好きな食べものは何ですか?」と聞かれたら、そう答えておけば当たり障りがないだろうという理由で、「りんご」 と答えていたほどです。だからこの当時の僕は、何か明確な意志や目標があったわけではなく、“何となく...”で進路を選んでいたように思います。

挿絵

世界一周してわかった自分の無力さ。

 展示会の装飾デザインを手がける会社に新卒で就職してから独立してフリーランスの空間デザイナーへと転身していくなかで、自分自身の軸となるような考え方や価値観をもったのはいつ頃ですか?

 自分の生き方を決める大きなキッカケとなったのは、2009年に行った世界一周の旅です。働きはじめて3年目、 25歳のときでした。自分をもっと成長させるにはどうしたらいいだろう。自分のもつデザインの力で世の中を良くするためには何をしたらいいだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、一度も行ったことがなかった海外へと足を向けました。だいたいの行き先と、だいたいの予算と、だいたいの期限だけを決め、友人や知人を頼りながら西まわりに国々をめぐりました。ケニアやウガンダなど、途上国に暮らす人々の生活を垣間見るなかで、僕が強く感じたのは、「ここでは何もできないな」という無力さでした。
それまでの自分の仕事は、CADで図面を描き、それを立体やCGにしてプレゼンするという、すべてパソコンのなかで完結するものでした。けれどこの国には、パソコンもプリンターもない、そもそも電気すら通ってないという環境で、自分はデザイナーとして人の役に立つどころか、デザイナー以前に人としてとても弱い存在だと気づいたのです。その時に「人として強くなりたい」「ツールに頼らないと何もできないようなデザイナーは卒業しよう」と心に決めました。その経験が、フリーの空間デザイナーとして3〜6ヶ月ほど現場に住み込み、デザインも、解体も、大工も、左官も、何でもできることは自分でやるという“遊牧民スタイル”に結びついています。

 全国各地を転々とする〝遊牧民スタイル〟に行き着いた背景には、意外にも自分自身の「人として強くなりたい!」という向上心が強く影響していたのですね。

 そうですね。施工管理のスタッフが現場にいるのはごく自然なことですが、デザイナーが頻繁に現場に顔を出すのはめずらしいことだと思います。毎日現場に来て作業を手伝うなかで、パソコンの外でできることを増やしたい。大工さんの手わざを間近に見ることで、ものをつくる知識と力をつけたいと考えていました。そして、実はそれと同時に、もう一つ、「いい空間をつくりたい」という空間デザイナーとしての理想もありました。 “いい空間”とはソフトとハードが調和している場所であり、そこにいる人、そこを使っている人にちゃんと愛されている場所です。いい空間ができれば、そこに人が集まってきて楽しみが生まれます。楽しみがあれば、町に訪れる人も増えるし、町を愛してくれる人たちも増えるはず。そして、いい空間をつくるためには、そこに住み込んでみて、一つの現場に集中することで、細部まで意識が行き届くようにする。その地域の風土や気候を自分の肌で感じ、 またそれをデザインに反映していく。懸案事項があれば、その都度、その場で、みんなで考える。オーナーもデザイナーも大工も、ご近所さんまで巻き込んで一緒になって作業することで、その空間のもつエネルギーを高めていく。 そういうことが必要だと考えていました。
例えば、栃木県にある「1988 CAFE SHOZO」は、1988年に菊池省三さんが古いアパートをリノベーションしてはじめたカフェですが、そこにはとてもいい空間が広がっていて、県外からもたくさんのお客さんが集まり、今では2号店、3号店もオープンし、周辺の通りが「SHOZO STREET」と呼ばれるくらい地域の活性化にもつながっています。僕もそんな町全体を盛り上げていけるような“いい空間”をつくりたいと思っていました。

挿絵

〝地域の活性化〟という言葉に代表されるように、東野さんは自分のやりたいことや好きなことだけをしてきたのではなく、「自分の仕事を通じて人や町のために役立つには?」と考えて行動してきました。そうした心の軸は華南子さんにもありましたか?

 私が東野さんと出会ったのは2011年、toco.というゲストハウスでした。ちょうど東日本大震災のすぐ後で、働いていた埼玉県内のカフェの周りにも福島から避難してきている人たちがいましたが、こんなに大変なことがすぐ近くで起きているのに私には何もできることがない、とモヤモヤした気持ちを抱えていました。今の私は料理もつくれないし、本棚ひとつも組み立てられない。もっと誰かの役に立てるような、具体的な行動ができるような人間になりたい。そう思っているときに、はじめて東野さんとじっくり話す機会があったのです。 私立の高校、私立の大学を卒業して大手企業に就職することが、私にとっては“普通”だと思って育ってきましたが、ゲストハウスで東野さんやその友人たちの話を聞くうちに、「あ、こういう生き方もあるんだ」「会社なんて辞めちゃってもいいんだ」と気づきました。それが私の人生のいちばん大きな転換点だったように思います。もう、その後は自然な流れで東野さんの仕事を手伝うようになり、自然な流れで結婚し、こうして同じ方向を向いて歩くようになりました。 単にルックスだけでいえば、私は俳優の堺雅人さんがタイプだし、東野さんは女優の蒼井優さんがタイプらしく、お互いまったく好みの顔ではないのですが(笑)、もっと根っこの部分というか、「自分たちのやっていることが、ちゃんと社会を良くすることにつながっているよね、という実感をもって暮らしたい」という心の軸が、東野さんにも私にも同じようにあって、それが深いところでつながっているという感じです。

挿絵

この町に、古材を愛する習慣を。

 2人は結婚後に空間デザインユニット〝medicala〟を設立し、たくさんのゲストハウスやカフェを つくりましたが、2016年に大きく方向転換をして、リビルディングセンタージャパンを立ち上げます。そこにはどんな気持ちの変化があったのですか?

 デザインで世の中を良くしなさい———。これはデザインディレクター川崎和男先生の言葉です。大学に入ってすぐ、色彩論の講義で教わりました。 世界一周の旅を終え、空間デザイナーとして独立し、華南子と一緒にいろんな土地を転々とするなかで、僕らの心に強く残ったもの。それは新しい建物と引きかえにどんどん壊されていく古い家屋たちでした。空き家になってしまう背景にはいろんな事情があって、ずっと同じ姿でいられないのは仕方がないことだけど、そうやって次々に壊されていく姿は、古いものが好きな僕にはやっぱり悲しいし、もったいない。この現状を少しでも改善するために僕たちにできることはないだろうか。時間が育ててくれた古くて美しいものを、何とかして次の世代につなげていくことはできないだろうか。そんな悶々とした気持ちを晴らしてくれたのが、ポートランドのリビルディングセンターです。 アメリカ・オレゴン州のポートランドにあるリビルディングセンター。そこは州の非営利団体が運営する建築建材のリサイクルショップで、5000平米という空間に、解体・改装で不要になったドアやキッチンなどの大型古材から、コンセントプレートや小さなタイル、金具などの装飾品までが無造作に並んでいました。そして、近所のおばあちゃんが3m近くある細長い古材を牽引車に積んで買っていく姿、そんなお客さんをウェルカムしながら楽しそうに働くスタッフの姿がありました。 誰かのいらなくなったものにまた別の誰かがもう一度価値を見出し、循環させていく仕組み。当たり前のように古材が身近にあり、自分たちの家を自分たちで工夫して直しながら暮らす人々。僕がつくりたい具体的な未来はこれかもしれない。僕が今まで学んできた古材を回収するスキルや古材をつかったデザインの力を最大限に活かすことができるとすれば、このリビルディングセンターを日本で立ち上げること。それが僕なりの“デザインで世の中を良くする”方法なのかもしれない。僕はそんな使命感にも似た思いと、お土産に買った100kg 近い古材とを、日本に持ち帰ってきました。


 人の行動様式を変えたり、新しい習慣を根づかせたりするには、とても大きな熱量が必要だと思います。リビルディングセンタージャパンを立ち上げて丸2年、町の人々や周辺地域に何か変化はありましたか?

 おとなりの下諏訪町では、「公共施設を町民の手でリノベーションしよう!」というイベントが行われたり、僕たちリビルディングセンタージャパンのスタッフが講師を務めるDIYセミナーが開かれたりと、この地域の町や人々に少しずつ古材がなじみ深いものになって、古材を使って何かをつくるという習慣が広がってきたように感じます。 先日も、書道が趣味という女性が一本の角材を手に取り、「これで書を飾る額をつくろうと思って...」と話してくれました。また昨年には、諏訪市に「並木通り大提灯保存会」が組織されて、上諏訪の歴史と伝統を守っていく取り組みがはじまりました。これは僕らとは直接関係のない取り組みではありますが、古いものを大切にしていこうという想いは僕らと同じだと思いますので、今年はリビルディングセンタージャパンの名前で大提灯を一つ奉納させていただきました。 めずらしいから、オシャレだから、という理由でお店に来てくれる人ももちろん嬉しいですが、何かしたいな、何かつくりたいなと思った人がモノを探しに来てくれるのは、僕と華南子が実現したい未来と本質的なところでつながるので、そういうお客さんが少しずつ増えてきたことが何より嬉しいです。来てくださるお客さんにとっても、今までとはちがう世界が広がったと思えるキッカケに、このお店がなれたらいいなと思います。
これまで僕らは、その時にもっている自分たちの力を世の中のために最大限発揮できる生き方を探してきました。リビルディングセンタージャパンは、産業廃棄物を資源に変え、空き家の改装や修繕などに提供することができます。空き家が活用されやすくなれば移住者も増え、町を若返らせることができるかもしれない。大きな変化を生むにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、これからも同じ志をもつ仲間たちと古材のレスキューを続けていくことで、少しずつ世の中を良くしていけたらいいなと思います。

挿絵 挿絵

バランスよく暮らす。
素直に生きていく。

 最後に、これまで東野さん夫妻は「世の中のために、自分たちのできることを」という軸をずっと大事にしてきました。その他にも、これからの暮らしのなかで大事にしていきたいことはありますか?

古いものを守っていくことは、現代に生きる僕らにとって大切なことです。けれど同時に思うのは、古いものを守ることだけが暮らしを豊かにするとは限らないな、ということ。守ることばかりを優先していたら、失われる未来だってある。何か一つの思想やジャンルに偏りすぎたり、突き詰めすぎたりするのは、逆に世界を狭めてしまう怖さもある。大切なのはバランスだと思います。僕らのあつかう商品は古材ですが、情報発信はweb やSNSが中心ですし、 会社の経営管理や情報共有はクラウド上で行っています。もともとの事業資金もクラウドファンディングという新しい手法で集めました。そして今、この近くに築50年の空き家を買ってリノベーションしていますが、そこではたくさんの古材を使いながらも、諏訪の冬にも耐えられる高性能な断熱材も使っています。パーマカルチャーのような考え方も、エコハウスのような革新技術も、この両方をバランス良く取り入れていくことができれば、より健康で強い、楽しい暮らし方が見つかるのではないでしょうか。 それからもう一つは心のバランスです。小学生の標語みたいですが、「素直がいちばん」という言葉を社訓のように大事にしています。自分たちでできる限りの努力はするけれど、できないことはできないとちゃんと言う。自分以外の誰かに頼んだほうがお互いのメリットになるなら、それもちゃんと伝える。例えばウチのお店では、いくらで仕入れて、いくらで販売しているかも明確にしていますし、もしレスキュー先の依頼主が自力で販売できるのなら、「そちらでどうぞ」と伝えます。ズルしない。自分だけトクしようとしない。見栄をはらず、目先の利益や名誉に惑わされず、これからもそういう“素直さ”をきちんと積み重ねて、日々、気持ちよく過ごしていきたいです。

編集後記

上諏訪駅近くに車を停め、リビルディングセンタージャパンさんへ向かう途中に見つけた、小さなパン屋さん。これからリビセンでランチを楽しもう!というところだったけど、その感じの良い空気に心惹かれ、つい立ち寄ってしまいました。迎えてくれた笑顔がかわいいおばあちゃんと話していると「リビセンで素敵なイベントをしているよ」と。これから行くことは伝えていなかったのに自然と会話に出てくることに、諏訪のまちの〈いい空間〉になっているリビセンの存在を感じることができました。

今回の取材では、新たな〈視点〉で古材に価値を見出し、新しくリビルディングセンタージャパンをスタートさせた〈始点〉、東野さん夫妻を支える軸〈支点〉はどこにあるのだろう?そんなことを伺いたい!と思っていました。
たくさんの苦労話があるはずなのに、今までの経緯を『古材の神様のイタズラ』と明るく語るお二人を支えているのは、〝社会を良くしたい!〟という強い想いと、今の社会ときちんと向き合い、自分たちができることを〝丁寧に実践する〟ひたむきさのように感じます。それが東野さん夫妻の道をつくっているのだと思いました。

「410」を通して触れるさまざまな人の想いや生き方が、みなさまの心地よい暮らしを見つめるきっかけとなり、少しずつでも気持ちのいい毎日が増えていくことを願っています。

ユニソン 410編集チーム