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シテンの置き方が、生き方をかえる。
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410 vol.6

醤油ソムリエール/
オリーブオイルソムリエール
黒島 慶子

まっすぐ。だけど、やわらかく。
瀬戸内の太陽に負けないくらいキラキラした笑顔が印象的なのは、日本で唯一の醤油ソムリエール ※ 、黒島慶子さん。古来の醤油造りで名高い小豆島で生まれ育ったが、その魅力に目覚めたのは20歳のとき、意外なきっかけからだった。以来17年、日本中の醤油蔵を訪ね歩いては様々なメディアで紹介しつつオリーブオイルのソムリエとしても活躍、さらに3年前には愛知県で糀店を営む宮本貴史さんと結婚し、愛知と小豆島を行き来する「二拠点生活」でも話題に。真夏の小豆島を案内していただきながら、好きなことをまっすぐ貫く黒島さんの「シテン」について伺った。


※ 日本に3人いる醤油ソムリエのうち、女性(ソムリエール)は黒島さんだけ。
一生かけて醤油を伝える、と決めた。
醤油ソムリエールとして活躍されるきっかけが、芸術大学の卒業制作だったと伺っています。

そうなんですが、実は卒制の評価としてはもう、コテンパン!だったんです。私が制作したのは小豆島の「醤の郷(ひしおのさと)」の公式ホームページと、醤油の蔵人を紹介する女子大生ブログ。でも当時は「ザ・現代アート」な作品の評価が高く、地域の課題に目を向けた私の作品は全く評価されず。だけど、そんなことどうでもよかった。そのとき大切だったのは、自分なりのテーマを持って社会に出ていくことだったから。
私はまさにここ、小豆島の「醤の郷」で生まれました。祖父も父も醤油の蔵元に勤めていたし、ご近所には醤油蔵がたくさん。身近すぎて醤油造りには逆に何の関心もなく、京都の美大に進学したときも、もう島には戻らないぞ、と。それが180度変わったのが大学3回生のとき。卒制のテーマを出さないと、となって、悩みに悩んだのが始まりです。
小さい頃から絵が好きでアートに浸かってきたけれど、徹夜で作品をつくってもコンペで入賞しても、次の瞬間には忘れられる。この消費される感じは何なのか、表現って何のためにあるのか、このまま社会に出ていいのかって焦っていたときに、デザイナーの原研哉さんが書かれた本の中に「自分の表現は自分が培ってきたものからしか生まれない」という意図の文章を見つけ、それなら小豆島で自分の足元を見なきゃと思い、島に帰って、地元の醤油蔵を訪ねたんです。そこで、当たり前だと思っていた醤油造りの素晴らしさに感動して「ぜひ続けてください」って蔵元さんに言ったら「儲からんから無理や、子どもに継げ、ゆえん」って。
ショックでした。そのときはっと気づいたんですね、消費者に選ばれないっていう理由で、日本から、醤油に限らず本当に価値あるものが消えようとしているんだって。
あ、これこそ私がやるべきテーマだ!と思い、一生かけてこの醤油を伝えていくって覚悟を決めました。

なるほど、そこまで思わせた、小豆島の醤油造りの魅力というのは…?

それは何といっても「木桶仕込み」。木桶仕込みで造った醤油はとっても個性豊かです。今は醤油のほとんどがタンクを使って造られていますが、それだと良くも悪くも味が似てしまう。でもここ「醤の郷」には、100年以上前から受け継いできた木の桶で今も醤油を仕込む蔵が集まっていて、蔵元さんによって醤油の味が全く違います。それぞれこだわりや考え方があって「だからこの味になったんだ!」って、その差が面白いです。
例えば、先ほどご案内したヤマロク醤油さんの醤油は主張が強い。お料理にはちょっと使いにくいけど、冷や奴にかけるだけで御馳走になります。別の蔵元さんの醤油にはそれとは真逆の、優しくて控えめなものも。そちらはお料理を上品に引き立てます。「蔵元の社長の性格に、醤油が似る」って、ヤマロクの山本社長がおっしゃってたけど、その通り(笑)。
山本社長は新しい挑戦をどんどんされる方で、「木桶職人復活プロジェクト」もその一つ。実は、醸造用の大きな桶を日本で唯一製造してきた桶屋さんが、その大桶造りをやめることになって。それを聞いた山本社長が「このままやったら、木桶仕込みの伝統調味料が日本から消えてしまう」と言って自ら木桶造りを習いに行き、自分たちで新しい木桶を造りはじめたんです。私はずっと記録係をやってきましたが、メンバー同士議論が白熱すると、まるで喧嘩かと思うくらい。造った新桶で仕込んだ醤油は情熱の塊。醤油にはそれがちゃんと現れるんですね。
片想いでいいや、と思った日。
蔵元さんと、とても深い信頼関係を築いてこられたんですね。

おかげさまで…、でも今でこそ色々なご相談をいただけるけれど、最初は怪しまれる一方でしたよ(笑)。私が「一生かけて醤油を伝えます」って言っても、ぜんぜん本気にしてもらえない。なぜかっていうと醤油業界は男社会で、蔵元の奥さんですら、滅多に蔵に出入りしない。20歳の女子大生が訪ねて行っても、そりゃあ「何しに来たの?」ってなりますよね。じゃあどうしたら、私の本気をわかってもらえるんだろうと考えて、そうだ、続けるしかない、何が何でもブログを書き続けるって決めたんです。
大学を卒業して東京のウェブ会社で3年、高松のデザイン会社で半年勤めましたが、その間も休みをやりくりして島に帰っては蔵元を取材して、ブログをアップし続けました。会社勤めをしたのも醤油のことを発信するスキルを身につけるためで、自分の計画通り小豆島に戻ったのが2009年。幸いにも島の旅館経営者や町おこしに取り組む方々が「待ってたよ!」と言ってくださり、宿泊客向けの醤油を楽しむ企画とか、ウェブのデザインとか、色々なお仕事をいただけて。
でも、肝心の蔵元さんからはまだ「何も知らんお嬢ちゃん」扱い。取引先を紹介しても、喜ばれるどころか「ウチじゃなくて大きい蔵元の醤油から紹介しなさい」とか「島の醤油以外は紹介したらあかん」とか、色んな人から色々言われて、「何やってるんだろ、私?」って、正直、一度は心が折れました。だけど、そのとき決めたんです。私が好きで勝手にやってるんだから、もう、片想いでいいや。蔵元さんに褒められなくてもいいや。見返りなんか一切いらない、自分のやりたいことをやろうと。
それからですね、お金と時間が許す限り、日本中の醤油蔵を訪ねるようになったのは。そうしたらネットワークが広がって全国メディアで記事を書くことになり、2015年には「醤油本 ※1 」を出すことに。島の蔵元さんたちの対応もそこから変わりました。「なんや、俺らより知ってるやん!」って。

続けてきたことが認められた。やり抜くパワーというか、行動力がすごいと感じます。

私、イノシシ年なんですけど、ほんとに猪突猛進だねって言われます。自分では人見知りだと思ってるのに(笑)。でも思ったことを諦めるんじゃなくて、どうにかする方法を見つけたい。
全国の蔵元さんをまわりはじめたときも、実績がない私を信頼してもらうためには、と考えて、自分でルールを決めました。「客観的な情報だけを伝えること」「偏りのない情報を伝えること」「自分が現場で得た情報だけを伝えること」。
それから、醤油ソムリエールというのはあくまでも自称なので、客観的な基準を持つために醤油の官能検査員 ※2 の勉強を続けて、去年資格を取りました。
日本中の蔵元さんを訪ねるなかで衝撃的な出会いもありました。特に忘れられないのは小豆島の土庄にあるやまひら醤油さん、秋田の石孫本店さん、業界最大手のキッコーマンさん。
やまひら醤油さんは木桶仕込みの醤油にあえて添加物を加えて醤油を造られていて、最初はその理由がわからなかった。でも、ご家庭への配達に同行したとき、そのお家のお母さんがやまひらさんの醤油をとても愛していて、幸せいっぱいの食卓がそこにはあって。ああ、無添加とか、スペックにこだわればいいんじゃないんだな、と。石孫本店さんでは小さな道具に至るまで古来のものを使っていますが、理由は、従業員さんにやりがいを持って働いてもらうため。手作業の価値に改めて気づかされました。
キッコーマンさんは「小さい蔵元さんに活躍してもらうためにも、僕らには僕らの役割がある」とおっしゃって、開発した技術は特許を取らず、全て公開されています。戦後、醤油の醸造そのものが非効率だと言われて禁止されかけたとき、効率のいい新製法を開発して醸造を守ったのもキッコーマン。すごい会社さんですよね。
そういう出会いがあって、醤油に優劣なんてない、それぞれの場面でぴったりなものを選ぶのが私の仕事なんだと思うようになりました。


※1 醤油ソムリエ 高橋万太郎氏との共著。醤油についてのあらゆる情報を掲載。
※2 日本醤油技術センターの資格試験に合格した、醤油を審査し格付けを行う検査員。醤油生産者や関連機関職員以外での資格取得は黒島さんが初めて。
根っこはずっとこの島にある。
黒島さんはオリーブオイルのソムリエとしても活躍されています。

私が小豆島に戻った年にちょうど日本オリーブオイルソムリエ協会®が立ち上がり、その一期生としてソムリエの認定を受けました。醤油の他にオリーブオイルもPRしてほしいと言われたのと、協会のメソッドを学んだら、醤油を伝える活動にも役立つかなと思って。何せ醤油については全て独学だったので…。それとソムリエとは別に、オリーブオイル官能評価員
※ の仕事もしています。
小豆島のオリーブオイルは地中海産のものと比べて風味が柔らかい傾向があり、その分和食にも合いやすいです。もちろん醤油と同じで、生産者さんによって味はぜんぜん違いますよ。
ご案内した高尾農園さんのオリーブオイルは本当に品質が高くてファンも多く、毎年予約完売。おいしさもどんどん進化していて、最初は蜜のような甘い風味だったのが、「玉露のような味にしたい」っていうコンセプトが出てきて、ほろ苦さが加わって味が締まりだした。理想の味を目指して、私もテイスティングして感想を言って、応援させていただいています。
髙尾さんは懐が深い方で、全国から勉強にこられる方々をみんな受け入れて教えてあげるんです。一人で農園をされていて、忙しいのに。私も、教科書より髙尾さんにお話を聞く方がよっぽど勉強になるので、もう、何回訪ねたことか。ありがたいですね。
小豆島産のオリーブオイルはとても希少で、お値段も高め。でも事業として採算をとれるかというと難しい。それでも造り続ける理由を生産者さんに伺うと、皆さん「面白いから、楽しいから」と。
やっぱり私は生産者さんが大好きで、蔵人さんや生産者さんに会ってるときが一番輝いてるねって言われるほど。だからこの島が私の現場。私の根っこはここにあって、ここにいるから栄養をいっぱい吸って伸びていけるんです。


※ 香川県小豆オリーブ研究所の官能評価員。国際基準に基づいてオリーブオイルの品質を五感で検査する。
「二拠点生活でやっていきませんか」
夫である宮本貴史さんとのなれそめを伺っても?

恥ずかしいんですけど、お互い一目惚れだったと…。2016年の11月に愛知県で「白醤油サミット」があって、その司会を務める前日に、友だちと「みやもと糀店」を訪ねたのが初対面。そこで夫とフェイスブックでつながってやりとりを続けて、一週間後ぐらいに告白され、12月に初めて二人きりで会ったときに「結婚しませんか」、しかも「二拠点生活でやっていきませんか」って。醤油のソムリエはぜひ続けてほしいし、小豆島にいるからこその価値があると思うからって、夫から言ってもらえました。私も絶対に島を離れたくなかったので、こうするしかなかったとも言えます(笑)。

まさに運命の出会い!二拠点生活というのは、具体的にどんな風に?

2週間おきぐらいで、私が小豆島と、夫がいる愛知県の幡豆(はず)を行き来しています。夫が小豆島にくることも。コロナのおかげで今は行き来しにくいですけど…。でも二拠点生活、いいですよ。子どもが生まれてからは赤ちゃん連れでの移動が大変、というのはあるけれど、周りの方が助けてくれることが多いですし。愛知と小豆島の生活は全く違ってて、そこがいい。
家族って一人じゃないから、誰かと一緒に住んでる以上色々たまってくるんだけれども、いいタイミングで移動して気持ちをリセットできるから。
愛知では夫が経営するシェアハウスで暮らしていて子育てもシェアハウスのみんなが助けてくれたり相談に乗ってくれたりして、心強いです。夫に対しても「ケリーちゃん ※ にもっとこうしてあげなよ!」って意見してくれたり。小豆島と違って同世代の人と話せるのもうれしい。島で話すのは蔵人さんとか、年上の方がどうしても多いから。
この生活を続ける上で問題が起きるとしたら、子どもが小学校に入るときかな。ただ、今も旅芸人さんみたいにお子さんを連れて移動されてる方もいるし、違う学校を行き来するのも、もうちょっと理解される時代がくるかもって期待してます。実際、徳島県には東京の小学校と行き来できる制度があって、それが全国に広がる可能性もありますよね。そう、基本ポジティブですね、夫も私も。ダメかもしれないからやめとこう、じゃなくて、それならこうやってみよう!っていう性格なので、お互いに。
今も、こういう世の中で私がしばらく愛知に行けないから「今度は俺が二拠点を行き来しようか」って、夫が。仮に小豆島に入れないとしても一週間くらい姫路か高松でどこか借りて、そこで家族生活するのもいいねって。ほんとに状況を楽しむのが上手な人で、醤油の仕事も「やれやれ!」ってすごく応援してくれます。


※ 大学時代につけられた黒島さんのニックネーム。周囲の人はケリーちゃん、夫の宮本さんはケリーと呼ぶそう。
毎日は、もっとおいしくできる。
これからどんな活動をしていきたいとお考えですか?

今までは蔵元さんや生産者さんの思いを発信してきたんですが、これからはもう少しお料理寄りの情報発信をしていけたらと。例えば色んな醤油の特徴をマトリクスにして、お刺身ならマグロにはこの醤油、ヒラメにはこれ、といったような…。私自身子育てもあるし、こういったご時世でもあるし、家でごはんをつくることが増えると思うんです。だから家で醤油を使って、お料理に合うものを味比べしてご提案したり。それを例えば「島宿真里(しまやどまり)」という、ずっとお仕事をいただいている小豆島のお宿があるんですが、そことコラボしてやっていけたらな、とか。
場所でいうと、しばらくは愛知と小豆島に特化して、身近な人に深く醤油を知ってもらうのも大切かもしれないと。地元の方にこのお料理にはこの醤油が合って、どこで買えますよ、という情報発信をして、なおかつ蔵元さんにとっては、私が誰よりも理解しているっていう存在になって、デザインや商品開発も一緒にできたらいいなと、そんな思いも持っています。
夫婦の「チームみやもと」でも、今までも一緒にワークショップとか、醤油と糀のセット商品の販売とか色んなことをやってきたけど、これからは私の料理に夫の見解をもらってブラッシュアップしていけたら。糀のプロだし、すごく発想が柔らかい人だから。それに愛知の発酵文化は日本の中でも独特で面白いんですよ。他にも、夫婦で岐阜の郡上八幡のウェブサイトで発酵について連載をすることになっていて、楽しみですね。

毎日お料理する人に向けて発信を、ということでしょうか。

そうです!皆さんには、醤油もオリーブオイルも、いいものをどんどん普段使いしてほしい。特に醤油はどんなに高いものを選んでも家計を圧迫しません(笑)。 いちばん高い醤油でも500㎖で1000円くらい。醤油の消費量は年間一人当たり約1.7ℓだから、一年で4000円がマックスです。4000円で好きな醤油を選ぶだけで、普段のごはんがおいしくなって、家族みんなが幸せになれる。簡単なものでも、自分の手でごはんをつくるのってすごく創造的なこと。素材や料理にあわせて醤油を選ぶことで、その創造が楽しくなるし、それをみんなが毎日楽しんでくれたら、きっと100年先まで、ほんとに豊かな食卓っていうものが続いていくんじゃないでしょうか。
編集後記
昔ながらの風情ある建物が並ぶ『醤の郷(ひしおのさと)』。足を踏み入れると「あっ」と思わず声が出てしまうほど、醤油のいい香りが漂っていました。
「蔵元によって香りが違うんですよ」そう話し始めた黒島さんは、案内しながらも途切れることなく醤油のことを語り続けてくれました。
「服が好きな人がデパートに通うのと同じ感覚で、生産者さんが好きだから蔵に通っていたんです」
そんな黒島さんの好きが詰まったお話に、最後は息切れしてしまうほど(笑)、夢中になっていました。

醤油ソムリエールとして活動してからも蔵元さんに認めてもらえず、本当に自分のしたい発信ができなかった時期もあったそう。普通なら”諦める“選択肢が出てしまう場面でも「これ以下はないと思ったら、もうやりたいことしかやらない!って、ふっきれたんです」と、何でもなかったことのように話します。
二拠点生活のことを伺ったときも「子どもが小学生になる頃には、いくつかの学校に通えるようになっているんじゃないかと期待しているんです」と、したい暮らしを続けることに前向きで、お子さんが小さいときしか二拠点生活はできないと決めつけていた私たちを驚かせてくれました。

常識に縛られず、やりたいことをまっすぐ貫く黒島さん。できない理由を探すのではなく、どうしたら前に進めるのかを探し続ける姿は、〈自分の幸せを見つける〉ひとつの答えを示してくれているような気がしました。

ユニソン 410編集チーム

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